石巻のいまを知り、“これから”を考える ~「変わるまち、変われるまち、石巻」のためのW均(ひとし)会議vol.02レポート~

口笛書店が主催する公開会議・「変わるまち、変われるまち、石巻」のための第2回W均(ダブルひとし)会議が、2023年2月4日にIRORI石巻で開催されました。

口笛書店が主催する公開会議・「変わるまち、変われるまち、石巻」のための第2回W均(ダブルひとし)会議第2回

全4回を通じて、石巻というまちはこれからどう変われるのか? について考える本企画。

地方創生に関する事業に長く携わってこられた石巻市副市長の工藤均さんと、同市と包括連携協定を締結し、この地の子どもの未来のために様々な取り組みを行っている出版社・ポプラ社社長の千葉均さんが、それぞれの立場を飛び越えて“個人の資格”でざっくばらんに語り合い、参加者と意見を交わしながら、様々な可能性を探っていきます。

第1回で市の全体的な現状と課題について話し合った後に、2回目のテーマとして定められたのが「石巻の教育」。より実態に即した議論を行うため、石巻の教育現場に精通する石巻専修大学の横江信一特任教授(人間学部人間教育学科)をお招きして会議がスタートしました。

ここでは当日の様子を特に議論が白熱した部分を中心にお伝えしていきます。

プロフィール

横江信一さん

石巻専修大学特任教授(人間学部人間教育学科)。1957年、石巻市生まれ。明星大卒。旧牡鹿町鮎川小教諭、南三陸教育事務所長を歴任。石巻市釜小校長で教員退職後、2018年4月に石巻専修大学特任教授に就任。

千葉均さん

1962年、石巻市生まれ。東京大学医学部を卒業後、生命保険会社、シンクタンク、証券会社、コンサルティング会社などでの勤務経験を経て、2009年に株式会社ポプラ社に入社。2016年、代表取締役社長に就任。

工藤均さん

秋田県三種町出身、中央大学卒。1980年4月に旧大蔵省入り。財務省主計局主計官、北陸財務局長などを歴任し、2014年7月に退職。2022年3月まで日本政策金融公庫に勤務した後、同年4月に石巻市の副市長に就任。

“斜め”の関係性を築く重要性

IRORI石巻にて開催された、第2回公開会議。会場には初参加の方を含めて、約20人の方にお集まりいただきました。

まずは本会議の主旨を皆さんにご説明。その後、登壇者の千葉さん、工藤さん、そして横江さんによる自己紹介が続きます。横江さんは市内の小学校校長などを経て、5年前から石巻専修大学の人間学部人間教育学科で特任教授を務められています。同学科では、主に保育士や教師志望の学生が学ばれているそうです。

まずは横江さんから、教育にまつわる石巻市の現状についてお話しいただきした。

横江さんは石巻の主な特徴として

  1. 文部科学省が実施した「全国学力・学習状況調査」の結果によると、石巻市は全国平均と比べて、テレビやスマートフォンなどのスクリーンタイム(画面視聴時間)が長い傾向にある
  2. 同調査によると、石巻市は全国平均と比べて、学力や体力の数値が下回っている
  3. 文部科学省が行なった別調査によると、石巻市は全国平均と比べて、不登校の生徒が多い

という3点を挙げました。

横江信一
(以下、横江)
石巻専修大学特任教授(人間学部人間教育学科)横江信一さん

ゲームやスマートフォンの利用は、子どもの脳の発達に影響を及ぼす可能性があるため、注意が必要です。また学力や体力に関しては、全国の平均点と比べると宮城県の数値が低く、石巻はそれを更に下回っている。ただ、もちろんなかには学力が高い子もいれば、柔軟な発想力をもつ子もいるので、それぞれの子どもの力をどう伸ばすかを考える必要があると思います。

続けて、教育現場に長年携わるなかで、近年感じるようになった課題を指摘しました。

横江

昔は異年齢の子どもが集まる「子ども会」が各地域で活動していましたが、今はそういう場が激減しています。子どもにとって、同級生ではない仲間や家族以外の大人と気軽に話せる時間というのは、学校や家庭で何か問題があった時にとても重要です。親や先生という“縦”の関係や、同級生という“横”の関係でもない「“斜め”の関係」にある人と普段から話し、頼れる関係を築いておく。そうすることで、問題の解決につながったり、「こういうお兄ちゃん、お姉ちゃんになりたい」というロールモデルに出会えたりするかもしれません。

そこで横江さんは、斜めの関係を築く拠点として、図書館がもつ可能性を言及します。

横江

図書館は多様な年齢の子どもが気軽に集まりやすい場であり、親同士で子育ての悩みや不安を共有する場にもなります。加えて、本を読むきっかけを得たり、本を起点に自然体験に興味を持ったりと、“学ぶ土台”という観点でも非常に重要な施設です。ですからまずは、地域の方々が楽しみながら学べるプレスクールのような感覚で、放課後や休日などに学校図書館を利用できるようになるといいなと思います。

会場の皆さんはメモを取りながら、真剣な眼差しで横江さんの話しに耳を傾けていました。

面白がる力が人生を豊かにする

続けて工藤さんと千葉さんも、それぞれの立場から現状の教育の課題を整理します。

工藤均
(以下、工藤)

昨年、石巻市議会議員の若手の有志が集まり、子どもと一緒に「石巻をどうしたらより良いまちにできるか」というテーマで議論をしました。この企画は石巻市子どもセンターらいつで開催されたものです。その時の議事録を読むと「自分たちの居場所はどこにあるのか」と考えている若者や子どもがとても多い。先ほど横江さんもおっしゃっていましたが、これからの教育を考える上では、子どもの居場所づくりというのが一つのキーワードになると思います。

また、教育施策を考える際にも、その負担をどう賄うかを議論することも欠かせないと強調します。

工藤

教育や福祉に関しては、これから色々な施策が考案されていくと思いますが、あるべき姿について話し合うだけでは不十分でしょう。施策を実行するために必要な財源をどのように捻出するのか。時と場合によっては、税収の使い道の見直しを検討する必要もあると思います。

一方で千葉さんは、現在の学習指導要領で求められている力と、これからの時代を子どもが幸せに生き抜く上で必要な力の間に、乖離が生じているのではないか、と話します。学習指導要領とは、全国どの学校でも一定の教育水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程の基準です。

千葉均
(以下、千葉)

今の学習指導要領には、簡単に言うと、知識、思考力、判断力、表現力を身に付けながら、プログラミングや英語も頑張ってくださいと記載されています。これを見ると「世界を相手に戦って勝ってほしい。起業家になって、イノベーションを起こしてほしい」という思いが透けて見えますよね。一体どのくらいの子どもがこれら全ての能力を身に付けることができるのかと、疑問を感じてしまうんです。

そして、これからの時代に求められる力として“面白がる力”を提案します。

千葉

世の中には面白い物事がたくさんありますから、そういったものに出会った時に“面白い”と思える力を身につけてほしいなと思います。更に言うと、私は面白がる力というのは、学ぶ力にも関連していると考えているんです。教科書を読んだ時に面白いと思えるか、全くそう思えないかの違いは、その後段々と大きな違いになっていくのではないでしょうか。そして学校や行政には、こうした力を身に付けて、幸せに、そして豊かに生きる大人と日常的に出会える場を子どもたちに提供することが求められているように感じます。

本、体験、交流を通じて、子どもの興味を広げる

教育の現状と課題を共有した後は、2つのテーマのもと、トークセッションが行われました。

一つ目は「未就学児への教育の必要性」について。このテーマを提案した工藤さんは、その理由を説明します。

工藤

小学校入学前の子どもが通う施設には、保育園や幼稚園がありますが、それぞれ設立目的が異なるため、そこで子どもが身につけられる能力にも当然違いが出てきます。小学校の先生は、その違いをふまえて子どもと接する必要があるんですよね。ただ、幼児教育と小学校教育はうまく接続されておらず、それぞれ縦割りになってしまっているため、学校側は非常に大きな負担を抱えています。ですから、どの施設でも共通して、子どもたちの“将来の資質”を育てるにはどうしたら良いのかを考えるべきという観点から “未就学児への教育の必要性”をテーマに設定しました。

こう聞いて、最初に口を開いた横江さんにマイクが渡されます。

横江

教育の基盤を築くという意味では、特に子どもが3歳になるまでは、ご家族、そして親代わりの存在である保育園や幼稚園の先生が愛情深く接することが最も重要だと思います。子どもは愛情を感じることで人に対する信頼を学んでいきますし、心や感情の大切さが理解できるようになる。私自身、母親からたくさんの愛情をうけて育ち、それが教育のスタートだったと認識しています。

千葉さんは深く頷きながら、話しを繋いでいきます。

千葉

私は両親に読み聞かせをしてもらった記憶が強く心に残っています。横江さんがおっしゃるように、あれは絶対的な愛情を感じた経験でした。というのと、子ども向けの本を出版する会社を経営しているという立場を脇に置いておくとしても、私は本や読書には大きな力があると信じています。ですから未就学児への読み聞かせは、ぜひおすすめしたい。その一方で、本さえ読めば完璧というわけではないので、色々な物事にバランスよくふれたり、リアルに体験したりということを通じて、子どもの興味の対象を増やすことが大事だと思います。石巻の子どもたちにも、読書、体験、そして人との交流という3つをバランスよく提供していきたいですね。

千葉さんの発言を聞いて、横江さんはあるイベントの出来事を思い出したようです。

横江

昨年の秋に、小学生を対象に滝山公園で野外炊飯を行なったのですが、その時の経験はすごく良かったと思います。みんなでジャガイモの皮を剥いたり、炊き立てのご飯の匂いを嗅いだり、山で思い切り遊んだり。こういう活動を通じて子どもの五感は発達していきますし、今後学校だけでなく、ご家族も一緒になって企画を行うことができたら、今まで以上に素晴らしい教育環境が生まれて、ひいては素晴らしい石巻になっていくと思います。

一連のやり取りを経て、工藤さんは読み聞かせに関する見解を述べます。

工藤

千葉さんがおっしゃるように、読み聞かせや体験を通じて乳幼児の興味の間口を広げることは、その後の教育を考えてもとても大切だと思います。読み聞かせについては、感性や情緒に重きを置くばかりではなく、文法がしっかりしている文章に触れさせることも大事なのかなと。言葉というのは、考えたり想像したり、そしてその内容を相手に伝えるための土台ですから、小さい頃から正確な文章に触れる機会を増やすことも重要と考えています。

本を読むだけではない、地域拠点としての図書館

トークセッションの2つ目のテーマは、「地域における子どもの環境作りの必要性」について。このテーマは、千葉さんが「子どもの興味を広げる可能性を探りたい」という観点から提案しました。

横江

テーマを伺ってまず思ったのは、今後少子高齢化が加速する社会においては、小中一貫校を作り、それを地域で運営するという考えが求められてくるだろうということです。そういう意味でも、先ほどの話と少し重複しますが、学校図書館には非常に可能性があると思います。年齢が違う学生や多様な大人、そして地域の方々が集まるコミュニティーの場になり得ますし、学習センターや情報センターとしての機能も持たせることもできるはずです。

千葉さんは深く頷きながら、話しを繋いでいきます。

千葉

とても共感します。今ポプラ社では、子どもたちの「生きる力」を育む学びのヒントを探しに、全国各地で先進的な取り組みを行っている自治体や団体のもとにお伺いして対談を行い、内容をnoteで発信しています。その中で分かったのは、多世代が交流できる場を意識的に創出している自治体は、教育や財政面でもプラスの効果が表れているということ。まちの図書館で住民のサークル活動の研究発表会や展示会が開催されている事例もあり、地域で“知の交流”が行われている姿は素晴らしいなと思いました。

石巻市での実現に向けて、工藤さんは具体的な方向性を示します。

工藤

とても可能性を感じるお話ですね。おそらく、そうした企画を「学校図書館」の活動として捉えると、学校側の負担が増えてしまうので、ここはやはり地域全体で主体的に考えていきたいなと。あとは親や先生、そして地域の大人が地域づくりやまちづくりに懸命に取り組んでいる姿を子どもに見せることで、子どもの考えも変わってくるはずですから、今よりも良い環境を作るために行動し始めなくてはいけないと、自戒を込めて思いました。

3人それぞれの立場から繰り広げる熱いトークを聞いて、会場全体の熱気も高まっている様子でした。

子どもの未来の礎となる学力を、どう伸ばしていくか

会議の後半では、参加者から質問を募集する時間を設けました。

参加者

小学校で教員をしています。会議の冒頭で、石巻の子どもの学力は全国平均を下回っているという話題が上がりました。この状況に対して、私たちもできる限りのことは行なっていますし、各学校は学力向上を目指す専門教員を配置しています。ただ、過去問を解いて今後の傾向を分析するといった「テスト対策」に必死になってしまっていて、これで良いものかと悩んでいます。思い切って「石巻市は学力向上を目指すのはやめましょう」と言うことはできないものでしょうか。

学校現場からのリアルな声に、それぞれが回答していきます。

工藤

私からまず事実としてお伝えたいのは、全国学力・学習状況調査の結果をみると、宮城県、そして石巻市共に、2015年以降は全ての科目が全国平均を下回っています。おそらくここには原因があるはずで、それが何かをまず知らなくてはいけないと思うんです。小・中学校の学力というのは、子どもの想像力や思考力の基礎になる力です。ですから、学校が優先度を最も高く設定して取り組むことは総じて良いことだとは思います。

横江

各学校の皆さんが本当に懸命に取り組んでいらっしゃるご様子は、私もよく拝見しています。ただ、テストや調査というものは、現状の課題を見つけ、それを解決していくための手法の一つですから、各学校が結果をどう捉えていくかが最も重要だと思います。

千葉

こういう話題が出てきた時に、私は「課題を解決するというのは、何かを変えるということであり、つまりは変えることがソリューションになる」とお伝えしています。そして個人的な信念としては、そのソリューションは決して“苦行”であってはいけません。もちろん、全てが楽しいものにはなり得ないと思いますが、どちらかというと楽しさが多くなければ、うまくいかないのかと。ですから、学力向上に向けて色々と行動されているなかで、もし結果が出ないのであれば、ソリューションの中身に問題があるのかもしれません。

会場からはその後も手が挙がり、教育と社会福祉に関する意見も交わされました。

参加者

民間の児童クラブを運営しています。地域全体の教育力を考えた時に、子ども食堂やプレーパーク、学童などの重要性にも着眼していただけたら嬉しいなと感じました。また、保育と小学校教育が縦割りになっている状況をどう変えていくか、そしてそこから発展させて、教育と社会福祉をどうつないでいくか、具体的に考えていらっしゃることがあればお伺いしたいです。

横江

子ども食堂に関しては、大学生の役割には注目していきたいと考えています。というのも、運営側が子どもに対して一方的に「食べさせてあげる」という姿勢を取っていると、それ以上の関係を築くことが難しい。ですがそこにボランティアの学生が加わると「お兄ちゃんやお姉ちゃんと話したい」という子どもが出てきて、“斜め”の関係が築かれていくと思います。

工藤

社会福祉に関しては、幼稚園や保育園のお子さんにとって、高齢者と交流する機会はとても貴重な経験になると思います。周りの物事や社会に興味をもつきっかけになるかもしれませんし、そうした経験を経て小学生になったお子さんは、その後の考えや想像できる幅も変わってくるのではないでしょうか。

そして工藤さんは最後に、参加者とのやりとりを経て感じた感想を共有し、こう締め括ります。

工藤

今日こうして皆さんと色々な角度からお話しができたことで、教育の原点は、子どもの興味や好奇心がどこにあり、大人がどのようにそれに気付いていくかという点にあるのだと改めて感じることができました。これからも様々な意見を積極的に伺っていきたいと思います。

石巻の教育の現状・課題・可能性をテーマに意見を交わした、第二回の公開会議。密度の濃い1時間半を経て、それぞれの立場で出来ることを具体的に積み重ねていくことが、これからの石巻の教育を創る上で求められているように感じました。

続いての第三回では、石巻の「産業」をテーマに掲げて、参加者やゲストと議論していきます。

参加者募集中!

工藤均さん×千葉均さん「変わるまち、変われるまち、石巻」のためのW均(ダブルひとし)会議 第3回 参加者募集

口笛書店が主催する公開会議「W均(ダブルひとし)会議」の第3回を5月20日(土)に開催することが決まりました。これに伴い、広く参加者を募集しますので、ぜひご参加ください。

応募締め切り:5月11日(木)18時まで

▽本イベントで共有された資料