石巻のいまを知り、“これから”を考える ~「変わるまち、変われるまち、石巻」のためのW均(ひとし)会議vol.04レポート~

口笛書店が主催する公開会議・「変わるまち、変われるまち、石巻」のための第4回W均(ダブルひとし)会議が、2023年7月22日にIRORI石巻で開催されました。

変わるまち、変われるまち、石巻」のための第4回W均(ダブルひとし)会議

全4回を通じて、石巻というまちはこれからどう変われるのか? について考える本企画。

地方創生に関する事業に長く携わってこられた石巻市副市長の工藤均さんと、同市と包括連携協定を締結し、この地の子どもの未来のために様々な取り組みを行っている出版社・ポプラ社社長の千葉均さんが、それぞれの立場を飛び越えて“個人の資格”でざっくばらんに語り合い、参加者と意見を交わしながら、様々な可能性を探っていきます。

初回は石巻市の現状、続いて石巻の教育や石巻の産業について話し合った後、4回目であり最終回でもある今回は「どんなまちに住みたいですか?」をテーマに据えて、議論を進めていきます。

ここでは当日の様子を、特に議論が盛り上がった部分を中心にお伝えしていきます。

プロフィール

千葉均さん

1962年、石巻市生まれ。東京大学医学部を卒業後、生命保険会社、シンクタンク、証券会社、コンサルティング会社などでの勤務経験を経て、2009年に株式会社ポプラ社に入社。2016年、代表取締役社長に就任。

工藤均さん

秋田県三種町出身、中央大学卒。1980年4月に旧大蔵省入り。財務省主計局主計官、北陸財務局長などを歴任し、2014年7月に退職。2022年3月まで日本政策金融公庫等に勤務した後、同年4月に石巻市の副市長に就任。

住みたいまちの姿を想像して

梅雨が明け、本格的な夏を迎えた7月下旬の土曜日。今回の第4回をもって最後となるW均会議が開催されました。会場のIRORI石巻に集まった約20名の中には、これまでで最も多くの10代〜20代の若者の姿が。「まちの未来を自分たちで考えたい」という前向きな空気に包まれながら、会議が始まります。

まずは本会議の主旨を改めてみなさんとともに確認。その後登壇者の工藤さんが、今回のテーマを「どんなまちに住みたいですか?」と定めた理由について話します。

工藤均
(以下、工藤)

まちづくりについて議論する際は、先ず地域の課題を探し、それらを共有し、解決への手法を見出し、共有することでより良いまちを目指すというアプローチが多く見られます。ですがそうしたやり方では、課題と向き合う時間が長くなりますし、一自治体だけでは解決できない課題も多くどうしても重苦しい気持ちに陥りやすい。そうではなく「自分はどのようなまちで暮らしたいのか」という思いのもとで前向きに話し合えたらと思い、このテーマを設定しました。今日は若い方にも多くご参加いただいていますので、忌憚のないご意見を伺えたら嬉しいです。

参加者の皆さんには、事前に「どんなまちに住みたいか」というテーマのアンケートを実施。「自然・景観が美しいまち」「子育て世代へのサポートが充実しているまち」など、「住みたいまち」に必要な条件として14項目の選択肢から2項目を選び、その理由も記載していただきました。

会議では本アンケート結果をもとに、より多くの参加者が選択した下記の4つのテーマに基づいて議論を進めていきます。

  • 教育環境が充実しているまち
  • 文化・芸術活動に親しむ機会が充実しているまち
  • 働き方・働く場が充実しているまち
  • 地域コミュニティが育まれているまち

多様な大人と交流し、基礎学力を育む環境を

最初のテーマは「教育環境が充実しているまち」について。この項目は、5名の参加者が「住みたいまち」の条件として選ばれました。

参加者

私は昨年教育関連の一般社団法人を立ち上げたのですが、まちを支え、かつ新たな変化を促していくためには、まちの担い手となる若者が育つ環境が重要だと日々考えているため、「教育環境が充実しているまち」を選びました。嬉しいことに、これまでの活動を通じて石巻に興味を持ってくれた学生が今日この場にも参加してくれています。私は今日の会議のように、若者や学生がまちの方々と関わることで新たな学びが生まれ、「このまちで挑戦したい」という気持ちが徐々に芽生えていくように感じています。

参加者の意見を聞いて、千葉さんが話し始めます。

千葉均
(以下、千葉)

教育に関しては様々な論点がありますが、私は人が生きていくうえで、学力だけではなく生きる力、すなわち「物事を面白がる力」が重要だと考えています。この「物事を面白がる力」を育むためには、様々な体験をもとに自ら行動したり表現したりすることに加えて、目を輝かせて活動している多様な大人と交流することが必要なのかなと。そうした環境を子どもに提供できているまちは、良い教育を提供している、つまりは「教育環境が充実しているまち」と言えるのではないでしょうか。

これには、幼少期から石巻で暮らす参加者が続けます。

参加者

千葉さんがおっしゃるように、熱意を持って仕事や活動に取り組んでいる大人と接することは、子どもにとって非常に重要だと思います。ただ、石巻で過ごした私自身の学生時代を振り返ってみると、出る杭は打たれるような、いわば「余計なことをしない」という方針で教育を受けてきたように感じていて。子どもが興味や関心を抱いたことを積極的にやらせるためには、大人側がその必要性や重要性を理解することも求められると思います。

一方の工藤さんは、別の視点から見解を述べます。

工藤

「石巻の教育」をテーマに掲げた第2回会議でも申し上げましたが、私は子どもたちの将来を考えると、一定水準の基礎学力を身につけておくことが重要だと考えています。グローバルで多様性のある社会の構成員としてはもとより、そうした社会で豊かな人生を育むためにも一定の教養が必要であり、それを培う礎となるからです。そこで私が問題視しているのは、全国学力・学習状況調査における石巻の結果が、2015年以降ですが、全ての科目において全国平均を下回っていることです。たしかに学力以外の能力を伸ばすことも非常に大切だと思いますが、グローバル化している社会に生きる石巻市の将来世代が、他の地で育った同世代に比して、教養の習得において不利益を被ることにならぬよう、基礎学力も同様に重視すべきだということを頭の片隅に入れておきたいものです。

千葉さんは頷きながら、話しをつないでいきます。

千葉

もちろん私も基礎学力は大切だと思います。ただ、学力をどのように育むかという点に関しては、もう少し議論の余地があるように感じます。私は、子ども向けの本を出版する会社を経営しているという立場を脇に置いておくとしても、その素地は本の読み聞かせをはじめとした「幼少期の親子のコミュニケーション」によって養われると考えています。ですから例えば、行政が主導となって図書館や保健所が幼少期の子どもに本を配布したり、親子で遊べる場を提供することができれば、まち全体で子どもの基礎学力を育むことにつながるのではないでしょうか。

文化や芸術との関わりが、地元への愛着を深める

続く2番目のテーマは「文化・芸術活動に親しむ機会が充実しているまち」について。この項目は、6名の参加者が「住みたいまち」に必要な条件として選びました。

はじめに千葉さんが、まちにおける文化・芸術のあり方について意見を共有します。

千葉

文化や芸術というのは、まちづくりにおいて、そして個々人の人生を豊かにするために大切な要素です。とはいえ、ただ作品を鑑賞するだけではなく、実際に自ら体験することでより深く楽しめるようになるようになるように感じています。少し具体的に考えてみたいのですが、石巻でアートというと「Reborn – Art Festival(リボーンアート・フェスティバル)」を思い浮かべる方は多いですよね。ただ、今申し上げた意味においては、このイベントが石巻市民の生活に根ざし、地元の方々が積極的に関わるようなものになるにはまだまだ時間がかかると思います。

過去にイベントの運営に携わった参加者からも手が挙がります。

参加者

私は2019年のリボーンアート・フェスティバルに運営側として関わりました。確かに当時から、地元の方の参加が少ないことが気になっていて。地元住民限定の特典付きチケットを販売するなど、もう少し地域の方が気軽にイベントに参加して文化や芸術にふれる方法を考案できたらいいなと思いました。

千葉

他地域の事例を見ても、10年くらいの時間がかかることは仕方がないことだと思います。継続的な取り組み、工夫によって、まちのみんなのイベントになっていけばいいですよね。

そのほか図書館や美術館の整備といった、日常における文化の充実に関する意見も出てきました。

参加者

私は東京のように、図書館や美術館にふらっと立ち寄れる環境が石巻でも実現できたらいいなと考えています。流行りのアーティストのライブや有名なアート作品の展示会などが開催されたら嬉しいですね。そうした機会はどうしても東京などの都会に集中しているので、一若者としてとても憧れています(笑)

このコメントには、千葉さん、そして会議の進行役を務める口笛書店の日野が答えます。

千葉

図書館に関して申し上げると、私は「交流が生まれる図書館」が地域にとって望ましい形だと考えています。例えば岩手県紫波町の図書館では、人との出会いや産業の活性化などにつなげるために交流を生む仕掛けを多く設けているほか、「図書館長」は一番目の肩書として「交流館長」と名乗るほど住民の交流を重視しているんです。このあたりから、石巻も何かヒントを得ることができるように思います。紫波町の図書館の取り組みについては、ポプラ社のnoteで詳しくご紹介していますので、ご興味のある方はぜひ。

日野

私は仕事のつながりで、全国的に活躍しているアーティストやタレントを石巻に招いたことがあるのですが、お声がけをすると石巻に興味をもってくださる方は多いように感じています。我々石巻側としても「こんなアーティストを呼びたい」「こんなイベントを開催したい」と気軽に話せて、かつ実現に向けて動き出せるようなポジティブな空気が生まれてくると良いですね。

このパートの最後には、工藤さんが事前アンケートで寄せられた「石巻に自然史博物館がないことが残念です」というコメントを読み上げ、考えを述べます。

工藤

私も自然史に関する博物館は石巻にとって非常に重要な存在になると思います。歴史を辿ると、石巻もまた悠久の自然の営み、地殻運動との関りのもとで今日を築いてきています。例えば、大氾濫を繰り返していた北上川は、川村孫兵衛らの治水事業によって舟運も含め豊潤な流域を形成し、石巻発展の礎を築きました。また、市内の雄勝地区で産出される「雄勝石」は2~3億年前の粘板岩層が1億年前の大規模な地殻運動により、雄勝地域の地表に押し上げられ、硯やスレート、器など古くから生活の様々な場面で活用されてきました。こうした自然と地域との関わりを知ることによって地域文化のより深い理解につながりますし、ひいては地域への愛着やシビックプライドを育むきっかけになるのではないでしょうか。

働く価値を経済的なものさし以外で計る

3番目のテーマは「働き方・働く場が充実しているまち」について。この項目を選んだのは7名と最も多く、会議の場でも様々な意見が集まりました。

参加者

私は滋賀県米原市に住んでいて、今は大学生インターンとして石巻に滞在しています。米原市内にはお店の数が少ないため、アルバイトやパートタイムを含めた働き口も少なく、職を求めて近隣の都市や京都まで通勤する人が一定数います。一方で石巻には飲食店や商業施設が多くあるので、私自身が石巻で求職活動をしたことはないものの、一見すると働く場は充実しているように見えました。

参加者

私は石巻市内の学校の図書館でパートタイムの司書として働いています。率直なところをお話させていただくと、1年契約の雇用形態で給与は高くありませんし、学校図書館の活用方法について学内で色々と提案をしても、学校内での立場のせいかなかなか実現にいたりません。とはいえ転職先を探そうにも若者を対象にした求人が多く、自分の年齢に合った職を市内でなかなか見つけられずにいます。

こう聞いた工藤さんは、データを共有しながら状況を整理していきます。

工藤

お話を伺う限りでは、働き手の経験やスキルと仕事内容のミスマッチが起きている可能性があるように感じました。石巻の有効求人倍率は、全国的にみても低水準ではないと思います。また、社会人向けのリカレント教育やリスキリング(学び直し)を行うことで、ご自身が対応できる仕事の幅が広がり、結果的に職の選択肢が広がるように思いました。ただ、たしかに女性や子育て世代の労働環境についてはまだまだ改善が必要です。石巻市職員のデータを見てみても、男性の育休取得率は決して高くありません。今後は結婚や出産を機に女性のキャリアを中断させないような環境づくりや、夫婦で共に子育てをしやすい体制の構築が欠かせないと思います。

続いて千葉さんは、働き方や働く場について考えるうえで「経済的価値以外にも着目したい」と力を込めます。

千葉

仕事を通じて経済的な幸せを得ることのみを追求してきた人が、様々なきっかけを経て、それ以外の軸を大切にするために地方に移住するという事例が増えていますよね。石巻においても、東京と同じ経済水準の暮らしを送ることが果たして幸せなのかと考えると、必ずしもそうとは言えない気がしています。そこで例えば、働く際に半分は経済的な価値、もう半分はお金や利益ではない価値を大切にするというのも、重要な考え方の一つだと思います。

これには、東京と石巻の両地域で暮らした経験のある参加者が実体験を語ります。

参加者

僕は長く東京に住み、特に経済的価値を重視して日々仕事に熱中していました。ただ、ご縁があって数年前から石巻に通い始め、石巻の自然や美味しい食べ物にふれるようになってから、千葉さんがおっしゃるような「経済的な価値以外の豊さ」がここにはあると実感するようになって。そう気づかせてくれた石巻のお役に立ちたいという思いを持って、今は色々と模索しているところです。具体的には、僕がこれまで注力してきた「経済的な価値を生み出す取り組み」を通じて、何か石巻に還元できないかと考えています。

参加者

私は石巻で不動産業を営んでいます。元々は東京で暮らしていて、当時は経済的価値だけを追い求めて働いていました。そんな私が今石巻で感じるのは、ここがお金とは別の側面で心を満たすことができる場所だということです。石巻はまちの規模が小さいということもあり、自分が関わった仕事によってまちが変わっていく様子を見届けることができます。東京ではこんな感覚になったことは一度もありませんし、自分の仕事を通じてまちに直接貢献できているという実感を持てるのは、非常に大きな価値ではないでしょうか。

千葉さんからマイクを受け取った工藤さんも、補足していきます。

工藤

仕事を通じて生き甲斐を感じ、かつ社会に貢献しているという実感を得るというのは、非常に大事なことだと思います。今では学生が、給与などの待遇・条件だけでなく、自己存在の確認も重視し、「どのような価値を社会に対して提供し、貢献しているのか」という点にも注目して企業を選ぶことが増えていると聞きますので、今後はこうした変化がより一層加速するのかもしれません。

まちの存続に関わる、地域コミュニティの重要性

最後のテーマは、6名の参加者が選んだ「地域コミュニティが育まれているまち」についてです。

参加者

僕は普段アメリカの西海岸に住んでいて、今は長期休暇を利用して石巻でインターンをしています。アメリカで暮らしているまちは、薬物売買が横行していて治安がとても悪いのですが、もし地域コミュニティがしっかりと形成されていれば、こうしたことも起こらないのではと考え、この項目を選択しました。

千葉さんは、コミュニティの形成にあたって必要な要素について考えをまとめます。

千葉

安心できる地域コミュニティというのは、多様性や異なる価値観を尊重し合える風土の上に成り立つものだと思います。そのためには、図書館など人々が気軽に交流できる文化施設をまちなかに設けたり、世代や価値観の異なる相手と話して学び合える時間を作って交流を促したりすることが重要なのかなと。こうした積み重ねによってお互いの顔が見えるようになれば、より良い地域コミュニティが育まれていくのではないでしょうか。

続いて、石巻のコミュニティの現状について参加者が実感を述べます。

参加者

石巻と一言で言っても、地域コミュニティが育まれている場所とそうでない場所が分かれているように感じます。例えば、石巻駅周辺には震災前から同じ人々が暮らし続けているのでつながりの強いコミュニティが形成されていますが、私が今住んでいる震災後に新たに開発された地域ではご近所付き合いがほぼなく、つながりを感じづらいように思います。

工藤さんは、今後の地域コミュニティに求められることを話し、この話題を締め括ります。

工藤

地域コミュニティはまちの存続と密接に関わっているため、少子高齢化や震災をきっかけにコミュニティが希薄化している現状に対しては、強い危機感を抱いています。今後少子高齢化の影響で自治体の財源が限られてくることを想定すると、高齢者の暮らしをどのように支えるかといった課題も含めて、可能な限り地域コミュニティ内で解決方法を検討することも必要になってくるでしょう。今更ではありますが、自助・共助・公助という発想をもとに、それらをどのように個人、地域コミュニティ、そして自治体がそれぞれどのように担っていくのかを考えることが、我々一人ひとりに求められ、そして共有することが必要だと思います。

参加者の間で活発な意見交換が繰り広げられ、様々なテーマをもとに2時間強にわたって議論を重ねた第4回W均会議。全4回の最後に工藤さん、千葉さんが会議に参加した感想を述べました。

工藤

これまでの会議を通じて、私自身も皆さんから非常に多くのことを勉強させていただきました。今日のテーマに掲げた「どんなまちに住みたいか」というのは、ご自身が「どういう人生を送りたいのか」、ひいては「どんな幸せを掴みたいのか」という内容にも通じますし、この場のようにそれらを周りの方々と共有することが、必ずやこれからのまちづくりにつながるものと思います。石巻を住み良いまちにしていくために、「石巻に生きる幸せ」を実感できるよう、これからもそれぞれの立場でお互いに頑張っていきましょう。本日はありがとうございました。

千葉

工藤さんも私も個人の資格に基づいて、色々とお話しさせていただきました。とはいえ、行政の視点にも立ってバランスよくお話しくださる工藤さんの姿勢からとても多くのことを学ばせていただきましたし、参加者の皆さんの実感がこもったご意見からも多様な気づきを得ることができました。このような素晴らしい機会をいただき、本当にありがとうございました。

全4回を通して、石巻というまちと、その“これから”について話し合ったW均会議。今回の開催をもって会議は一区切りとなりますが、石巻のまちづくりはまさに「これから」と言って良いほど、課題と可能性がたくさんあります。主催した口笛書店としては、この会議がまちの未来を考えるきっかけに少しでもなれたらと願うばかりです。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!

▽本イベントで共有された資料